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有限会社シマタニ昇龍工房

初代昇龍 和吉 明治42年、父・宗三郎に師事、鏧子(けいす)製作に従事して「昇龍」を興す。

二代目昇龍 粂吉 昭和21年、和吉のもと鏧子製作に従事する。平成12年、勲七等青色桐葉賞叙勲。

三代目昇龍 粂和 昭和41年、粂吉のもと鏧子製作に従事する。平成6年経済産業大臣指定、伝統工芸品高岡銅器伝統工芸士認定。

四代目昇龍 好徳 平成8年、祖父 粂吉・父 粂和のもと子の製作に従事する。



受け継がれる「叩く」から、生まれるもの。

 【syouryu】は、明治42年創業以来、寺院用のりんを専門に製造しているシマタニ昇龍工房の新ブランドです。

 【syouryu】が展開する「すずがみ」は、通常の錫の板と違い何回も圧延を繰り返し、熟練の職人がリズミカルに「金鎚で叩く」ことにより、曲げ延ばしによる劣化が少なくなった、折り紙の様に折ったり曲げたり出来るアイテムです。

 「すずがみ」が作られる地、高岡は開町間もない慶長16年(1611年)に前田利長が、鋳物発祥の地である大阪府南河内郡付近の勅許鋳物師の流れをくむ、鋳物師7名を高岡市金屋町に招かれたことにより、現在の礎が築かれました。最初は鍋・釜・鉄瓶等の日用品や、鋤・鍬等の農耕具などの鉄鋳物を生産していました。その後、江戸中期頃には釣鐘や灯籠などの銅鋳物がつくられるようになりました。江戸末期頃には、銅器鋳物技術の進展により、仏具や花びんなど日用的で装飾・鑑賞性の高い製品を産出し、国内はもとより海外にも輸出されるようになり、高岡を代表する地場産業として今日の発展の礎となってきました。

 鏧子製造は、江戸中期から後期頃はじまり、最盛期には鏧子職人は30人いたと伝えられています。現在、鏧子職人は、高岡に二代目,三代目,四代目昇龍の3人と他3人合計6人、日本全体でも、10人に満たない人数しかいません。

 当工房は、その鏧子職人が、「金鎚で叩く」ことにより板を絞り、丸みを整え、音を調律することで鏧子を制作しています。今後も「すずがみ」のような、この「金鎚で叩く」技術により生まれてくる新しいアイテムを作り続けていきます。